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柔道・福見友子選手引退

2013年04月15日
(柔道・福見友子選手引退)

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http://news.nifty.com/cs/sports/fightdetail/kyodo-2013041501002072/1.htm

・10歳の私も兄ら2人も、当然両親も狭い部屋に正座して泣いていた。高い場所に真空管ラジオがひとつ。ヘルシンキからの実況中継は、ほんに切れ切れに、ほんに海を越えて伝えられているように心許ないものだった。

・1952年、フジヤマのトビウオ:古橋広之進惨敗のヘルシンキオリンピックだった。盛りを過ぎていたことと1950年の南米遠征中のアメーバ赤痢で体力が落ちていたのだろ?ただNHKの飯田次男アナウンサーの、涙を振り絞っての実況放送には日本中が泣けた。「日本の皆さん、どうか古橋を責めないでやって下さい。古橋の活躍なくして戦後の日本の発展は有り得なかったのであります。古橋に有難うを言ってあげて下さい」・・・

・今日、カワユイ福見友子の引退の報に接し、唐突に古橋広之進を思い出した。柔道選手としての花の盛りを谷(田村)亮子に奪われ、この健気な娘はロンドン五輪ではもう、明らかに花の盛りを過ぎていて、銅メダルにも届かなかったものだ。

・いい、いい。女子柔道会はあのアホ監督の事件から、優秀な女子コーチ陣が求められている。五輪のメダリストではないが、谷(田村)亮子に2度も勝っている福見友ちゃんだ。未だ27歳、是非是非、後進の指導に当たってくれろ!ニフティのhttpから福見友ちゃんの引退記事を以下。

・ロンドン五輪柔道女子48キロ級代表で2009年世界選手権優勝の福見友子(27)=了徳寺学園職=が15日、現役引退を発表した。浦安市で記者会見し『夢に見た五輪の舞台に立ち、本当に幸せな柔道人生だった。自分自身でやり切れた』と話した」

・「今後は母校の筑波大などで指導し、ロシア女子代表チームの臨時コーチも務める。福見は土浦日大高2年だった02年に谷亮子(当時田村)の連勝を65で止める金星で注目された」・・・

・色白の可愛い選手だったので、私は大のフアンだった。このままブログを終えるのが寂しいので、昨年のロンドン五輪(惨敗)後の福見友ちゃんの記事を同じくニフティのhttpから以下。

http://news.nifty.com/cs/magazine/detail/sptv-20120824-082408/1.htm

・「ロンドン五輪のメダリストが連日テレビに出演し、8月20日に行なわれたパレードには50万人が集まるなど、閉幕から10日以上が経っても五輪の熱は続いている。史上最多となる38個のメダルを獲得した日本選手団。当然のように珠玉の名言も数多く生まれたが、だからこそ強烈な印象として残っているのが、大会初日に柔道女子48キロ級の福見友子が発した悔恨の言葉だった」

・「『この日の悔しさは一生忘れることができずに、これからも生きていくと思います』・・・福見は優勝候補の『大本命』と期待され、日本の金メダリスト第1号になることが有力視されていた。しかし準決勝で、北京五輪で谷亮子に勝利したドゥミトル(ルーマニア)に優勢負け。続く3位決定戦でも敗れ、メダルを逃してしまった」

・「福見は谷に二度勝利(02年と07年の全日本選抜体重別選手権)したことがある唯一の日本人選手である。しかし代表には縁遠く、初めて世界選手権に出場したのは09年のロッテルダム大会だった(結果は優勝)」

・「10年に谷が引退すると、浅見八瑠奈という新たな年下のライバルが出現し、福見は代表選考レースで遅れをとった。それでも5月の選抜体重別選手権で優勝し、27歳にして初めて五輪にたどり着く。ロンドン出発の直前、彼女はこのように話していた」

・「『ここまで私は遠回りしすぎてしまった。ロンドンは私の柔道人生の集大成。オリンピックの舞台で戦うためだけに私は柔道を続けてきました。ロンドンで燃え尽きたい。そして金メダルを持ち帰ります』」

・「これまで女子48キロ級は谷が5大会連続で出場し、金2、銀2、銅1を獲得してきた看板階級である。男子60キロ級とともに大会初日に行なわれるため、後に続く日本選手団に勢いをつけるという意味でも、重責を担っている。準決勝の相手ドゥミトルは、福見が真の谷越えを果たす意味でも、そして日本女子柔道界が新時代を迎えるためにも、絶対に勝たねばならない相手だった」

・「しかし、先に指導1が宣告され、さらに大外刈りを仕掛けたところを返されて技有りを奪われる。その後、守勢に入ったドゥミトルに指導2が与えられたが、ポイントでリードされたまま試合は終了した」

・「帰国後、メダルに届かなかった福見が表立って発言する機会はほとんどない。集大成としていた五輪が終わっても心の整理がつかず、進退を決断するには至っていない。福見の悩める胸中を、所属先の了徳寺学園・山田利彦監督が代弁してくれた」

・「『ドゥミトルはもちろん警戒してはいましたが、福見はこれまで3度勝っているんです。しかし、先に指導を取られてしまい、少し焦ってしまった。強引に技をかけたところを返されてしまった。金メダルが獲れず、『浅見を出した方が良かった』などという批判も受けました。でも本人が言い訳することはいっさいありません』」

・「『ロンドンで福見は、燃え尽きることができたのか。そこはやはり悔いる気持ちが強い。今はその一点を自問自答しているんじゃないでしょうか。引退するか、現役を続けるか決めるのは、時間がかかっても仕方ないと思います。私も彼女の決断を静かに待ちたいと思います』」

・「8月中旬、福見は国民体育大会の関東ブロック大会の柔道会場に姿を現し、ロンドンで付き人をしてくれた後輩の試合に付き添っていたという。メダリストたちが脚光を浴びる中、福見は静かに、ロンドンの地で背負った悔恨の思いと戦っている」・・・

・福見友子選手、君は素晴らしかった!君のライバルは小沢という魔界爺に騙され、輝かしい戦歴を汚し続けているが、健気でいじらしかった君には、是非日本の女子柔道界を、これからも宜しく頼みます!

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