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大島 渚さん逝く。たった80歳!

2013年01月16日
(大島 渚さん逝く。たった80歳!)

Photo_3

http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2013011500896

・あの大島 渚さんが逝った15日に書き始めたのだが、ギリギリで書くのは失礼なため、日を16日と改めユックリ書かせて戴く。

・大島監督は、作品よりもそのストレートな正確と物言いで好きだったが、その幾層倍も、クソガキのような旦那を尊敬し、愛し、尽くし抜いた小山明子さんが大好きだった。ご苦労様でした。死んじゃったのだから、体の不自由から嘘のように解放され、得意のニタニタ顔で旅立ちの、真っ白な手甲・脚絆を締めておられることだろう。お元気で旅立たれますように。時事コムのhttpから。

・「『青春残酷物語』『愛のコリーダ』など、社会のタブーや人間の深層に迫る作品を発表し、世界的な映画監督として知られた大島渚(おおしま・なぎさ)さんが15日午後3時25分、肺炎のため神奈川県藤沢市の病院で死去した。80歳だった。京都市出身。葬儀の日程は未定。喪主は妻で女優の小山明子(こやま・あきこ、本名大島明子=おおしま・あきこ)さん」

・「京大法学部卒業後、松竹入社。1959年『愛と希望の街』(原題『鳩を売る少年』)で監督デビュー。日米安保闘争で揺れる60年に『青春残酷物語』『太陽の墓場』を発表。予定調和に陥らない物語や斬新な演出が評判となり、『松竹ヌーベルバーグ(新しい波)の旗手』と評された」

・「しかし、学生運動を描いた次作の『日本の夜と霧』が公開4日目で上映中止となったことから松竹を退社。その後、独立プロダクションの創造社を立ち上げ、『飼育』『白昼の通り魔』『絞死刑』『少年』『儀式』など、日本社会が抱える闇にメスを入れた問題作を次々と発表した」

・「70年代半ばからは海外との合作にも乗り出し、76年にはフランスとの合作で『愛のコリーダ』を発表。阿部定事件を素材に、ハードコアポルノとして完成した作品は、シカゴ映画祭特別賞、英国映画協会賞を受賞するなど、高く評価された。一方でスチール写真と脚本が掲載された単行本がわいせつ文書とされ、大島監督も起訴(その後無罪確定)されるなど、スキャンダラスな話題も呼んだ」
 
・「その後も『愛の亡霊』『戦場のメリークリスマス』『マックス、モン・アムール』
などの合作映画を精力的に製作。『愛の亡霊』はカンヌ国際映画祭で監督賞を受賞し、日本を代表する国際的な映画監督としての地位を揺るぎないものにした」
 
・「監督業の傍ら、ワイドショーやバラエティーなどテレビでも活躍。映画同様、歯に
衣(きぬ)着せぬ発言が人気を呼び、討論番組での『バカヤロー』発言や、作家の野坂昭如さんとの殴り合いなども話題となった」

・「遺作は、1人の美青年をめぐる新選組の混乱を描いた99年の時代劇『御法度』。撮影直前の96年に脳出血で倒れたものの、リハビリしながら完成させた。2001年11月に急性腹膜炎を患ってから入退院を繰り返していたが、昨年12月下旬に体調を崩し、転院して療養していた。80~96年日本映画監督協会理事長。00年紫綬褒章、01年仏芸術文化勲章受章」・・・

・さてその大島監督と、作家の野坂昭如氏の、記録にも記憶にも残る抱腹絶倒のバトル(殴り合い)は、今思い出しても酒盃を噴出してしまう。昭和ヒトケタというのは、オトコが何と男らしく愛らしく、可愛らしい時代だったのだろう。

・nozawa22 New!さんが纏めて下さっているので、その貴重な画像(=1発目は野坂の不意打ちパンチ、2,3発目は大島のマイクによるゴツン!ゴツン!)と共にご紹介させて戴こう。

http://new22nozawa.cocolog-nifty.com/blog/2012/09/post-a639.html

・「大島渚と妻小山明子と結婚40周年記念で、友人の野坂昭如に祝賀のスピーチを頼んでおいた。見かけによらず、野坂は几帳面に原稿を書いて準備しているタイプである。彼は自分の番が来るまで、イライラしながら待っている間、目の前に酒はいくらでもあるから、スピーチの指名いつ来るか・・・、と飲み続けた。ところが、そのスピーチのお呼びがかからないまま、その会がお開きになった」

・「大島渚は、会場に野坂昭如がまだスピーチしていないのに気づいて、あわてて、彼を壇上に呼び上げ、彼に用意したスピーチをしてもらった。そのときのことである。このバトルは、芸能界長い歴史の中で、多くの見ている前で行われたと言う意味では、トップを争う印象に残る出来事である。多くは陰湿で、相手を殺す前では行かなくても、ひどいことがあるだろうが、オープンなケンカを見せてもらったのも珍しい」

・「『やっちゃあいけない』と止められる、こういうケンカをやることができたのは、昭和一桁生まれの世代で終わりかもしれない。ケンカの初発は、野坂が結婚40周年の祝いの原稿を読み終え、大島が『ありがとうございました』と油断しているその顔、あごあたりに一発、何も言わないでパンチ を入れた」

・「大島のネガネは飛ぶし、しりもちを着きそうなほどよろける。相手のパンチに、『(祝辞の番を忘れて)失礼はしたが、殴ることはないだろう!』と反撃、持っていたマイクで野坂の頭を殴りつけた。二回ほどなぐりつけた。酔っ払った野坂は、一発殴ったあとは、大島の攻撃に避けもしないで、頭をマイクで殴られていた」

・「隣りにいた妻小山明子は、最初は笑っているようであったが、本気で殴り合いになった様子に、驚 いて止めにかかるが、二人の男たちのケンカが止まらず、司会の男性が駆けつけるが、二人の勢いがすごくて・・・、野坂の妻まで壇上に上がり、合計5人がもみ合う状態で、映像は終わり」

・「その後、二週間後、野坂がわびの文章を雑誌に掲載して、一応ケリとなった。『殴ったことを誇っているわけじゃない。ほんとうにわるかった。しかし殴る相手がいたことをうれしく思う』と、謝ったようにみせながら、『うれしく思う』と、文学者らしく結んで、うまく和解している。なかなか、ずるいんだから。あの元気は、野坂も、大島も、夢のまた夢。二人とも介護を受けている身の上だ。野坂は脳梗塞でリハビリ中だし、大島も似たような状態で車椅子だ」・・・

・ホント、艶やかな小山明子さんが仲裁に入っている姿も可愛い。しっかしま、昭和はってより、昭和ヒトケタは昨今「夕陽よ急げ!」状態だ。所先輩にどんどん逝かれたら、メッタヤタラに寂しくなるから、みんなもっと、みっともなくていいから生き続けてくれろ。タノミマス!(あんまり殴り合いが面白いんで、【織伊友作の時事巷談】と【織伊友作のがん患者への応援歌】に同時掲載)・・・大島監督も、きっと笑って旅立ってくれるだろ?

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