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剣道までコリア起原だと捏造するか?

2012年12月25日
(剣道までコリア起原だと捏造するか?)

http://www.news-postseven.com/archives/20121221_160570.html

・ったくサウスコリアの、歴史と真実の捏造癖には全く以てウンザリする。高校の時剣道部主将として明けても暮れても猛稽古に血の汗を流し、主将の重責を果たした私としては、このサウスコリアの「日本文化のナンでもがウチの起原」とする厚かましさが我慢出来ない。

・サウスコリアに伝わる日本剣道の祖とされる「コムド」というスポーツが、先ず戦後アメリカからの検閲にかかったたかどうかを明確にしたい。

・私ら昭和33年入学の高校剣道部1年生は、2年生になってレギュラーの座を獲得するまでは、ひたすら運動場でのうさぎ跳び(この非科学的な根性跳びで、すっかり膝をやられてしまった)と、3年生の先輩らの応援しかなかったものだ。

・それが道場では凛々しい袴姿の3年生も、公式試合では「撓い競技用綿入れ防具」という、珍妙な姿での出場だった。勿論袴は許可されず、白い体操ズボンだったものだ。すべては未だ、GHQの指導が有ったからだった。(GHQは、武士道に一番繋がる剣道を、ことさら嫌い、警戒していたものだった)

・私が2年生になった昭和34年、ようやくこのGHQ規制が緩和され、道場稽古と同じ、腰板も凛々しい袴姿で試合に出られるようになったのだ。サウスコリアの、初めて聞く「コムド」なるスポーツは、敗戦から14年もの長きに渡って、その試合の姿カタチまでGHQの迫害を受けるほど、日本武士道に影響を与えたものだったのか?答は当然ノーであろう。

・コリアンは、上泉伊勢守とか塚原ト伝とか、いやさ、二天一流の宮本武蔵などの話を知って言っているのだろうか?呆れ返ってものが言えないが、何でもウチが起原とする悪癖は止めた方が身の為だ。哀れに思えてくるぜ。ポストセブンのhttpから。

・「韓国がとかく世界中の様々なものを『○○の起源は韓国』と主張するトンデモぶりは、『味噌』や『ワサビ』など何でも韓国起源を主張していることからも分かる。これは韓国語の『ウリ(我々)』をもじって“ウリジナル”活動と揶揄されているが、今度は『剣道』までも起源主張しているというから驚きだ」

・「『これまではあえて反論しませんでしたが、近年になって『剣道の起源は日本ではなく韓国である』という記述がインターネット上などで目立つようになり、それに関する問い合わせも増えました。そこで、武士の生活の中から生まれた日本独特の文化である剣道について我々の見解や方針をまとめ、日本語と英語で公表しました』」

・「こう語るのは、日本の剣道、居合道、杖道を統括する『全日本剣道連盟』の福本修二・専務理事だ。なぜ、剣道の韓国起源説が騒がれるようになったのか。福本氏が続ける。『韓国にはコムドという剣道と似たスポーツが存在します。剣道具やルールなどで共通したところがあり、漢字も同じ『剣道』を当てるので混同されがちですが、日本の剣道とコムドはまったく別物です』」

・「韓国国内ではコムドの流派や団体が多数活動している。道具などに共通性が見られるのは剣道が日本統治時代に伝わり定着したからなのだが、これが彼の国では『ウリジナルの証拠』になってしまう。最も有力なコムド団体である大韓剣道会は、ウェブサイト上で『剣道の宗主国(発祥の地)がどこかを語るのは難しく敏感な事案だが、刀を使う文化はどの国にも存在し、特定国家の専有物だとは言えない』としている」(解説:刀を振り回すのは、地の果ての土人でも同じだわさ!)

・「しかし、その一方で『日本文化の多くは百済から伝わったもの』『現代剣道に関する限りは日本が体系化し競技化したことは認めなければならないが、日本を凌駕する実力を備えることを目指すことで真の宗主国の地位を取り戻すことにつながる』と主張している。さすがにネットのトンデモ論よりはまともだが、国内世論に配慮して控えめながらウリジナル説を擁護している」

・「韓国の主張に対し、両者の違いについて武道論が専門の大保木輝雄・埼玉大学教授が指摘する。『剣道で着用する袴は江戸時代にできたものですが、そこには侍の精神や文化が表われています。例えば、袴に腰板(腰に当てる山形の板)を付けるのは侍だけです。腰板で背筋を伸ばし、生命を賭して戦に臨む時のように、身体と精神の姿勢を整える。また、前面の計5本ある襞には『五倫五常』という儒教的道徳観も込められています。剣道は侍の精神性を形にしたものです。しかし、韓国のコムドでは袴に腰板や襞を付けない独自のものを着用しています』」

・「また、『現在行なわれている剣道の起源は江戸期以降に求めるのが妥当』とするのは、同じく武道論が専門の長尾進・明治大学教授だ。『1750年代に竹刀で思い切り打ち合う稽古方式が多くの流派で支持され、『撃剣』と呼ばれるようになった。侍が鍛錬に用いた剣術と、江戸時代中期に興隆した撃剣の2つが、現在の剣道の源流と考えられています』」・・・

・竹刀で叩き合う撃剣と、木刀を構えてする組み太刀とは、全く違うものだということは知っている。防具に守られた撃剣は、体ごと敵に体当たりして行くのに比べ、組み太刀は、左足を下げて遠間である。だから組み太刀の方が、より真剣に似ていて恐怖感が有る。師範が大声で叱責された「切り結ぶ 太刀の下こそ 地獄なれ 踏み込み行けば あとは極楽」・・・道歌である。我々はこの道歌も下、面金にきな臭い衝撃を受けて立眩みながらも、精進を重ねて来たものだ!

・それを今さらシャラッと「ルーツはサウスコリアです」と?日本剣道も世界に広がっているご時世だが、日本剣道連盟はサウスコリアのコムド連盟に一度試合を申し込み(先鋒・次鋒・三将・中堅・四将・副将・大将の正式な7名試合が良い)、どちらが圧倒的に強いか、黒白をこの際付けた方がエエゾ!

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