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右膝の怪我から丸2年

2012年09月08日
(右膝の怪我から丸2年)

・2010年9月8日は、「関西・中部方面台風通過」の日だった。友の会社は、愛知県の中堅精密機械メーカーさんと共催で同社の会場を借り、トヨタ、新日鐵など大手メーカーさんを中心に70名を超えるセミナー実施の当日だった。

・広報を一手に担当する私は、案内状のデザインから当日配布する資料作りなど、約1ヶ月かけて準備していた。「一手に」とは、「案内状のZ折り」から「半透明封筒への封入」から「投函」まで、独りでやることである。その日の私は充実感と共に、台風に備え大型の傘を手に留守番を兼ねての「午後一出勤」だった。

・いつものように地下鉄を降りてエレベータへ。大阪のクソガキは台風が来るということで半ドンだったのだろう、大荷物を提げているのでエレベータへ殺到する。「ま、次のエレベータで」と歩いていたら、珍しくクソガキが戸に手を当てて待ってくれている。急ぐのも汗をかくので「アリガト!先に行って!」と手を振ったのだが、その親切な?クソガキは待ってくれている。

・急がなきゃ!と思いっ切り大股歩きに切り替えたら、右膝に激痛が走った!大型の傘が杖代わりになって倒れることは無かったが、エレベータには先に行って貰い、激痛が治まるまでホームの手摺りに凭れていたものだ。

・大型傘を杖代わりに友の会社まで何とか歩いたが、5階のオフィスまでエレベータが無い。「泣ける思い」とはあの時のことだ。手摺りと大型傘を頼りに、何とか階段登りし出勤した。オフィスは当然空で、自分の席のパソコン2台をオンし、それでも3時間くらいは残務処理をして帰った。階段降りは登りより辛かったが、何とか大通りに出てTAXIで帰宅した。

・ところがその日は水曜で、塒近くの整形外科は半ドンである。仕方なく罹り付けの内科へ行ってレントゲンを撮り、骨には行ってないことを確かめた。1日50円でレンタルされた両脇松葉杖を突いて塒に戻ったが、私が思いっきりガニ股をしても役に立たない代物(普通人サイズ=短い!)だった。

・「とにかくアイシングだ!」と冷凍庫を総動員して製氷し、右膝を冷しに冷した。名古屋の友に電話し、テーピング用のテープや布製のガムテープをドッサリ送って貰った。(あいつにその時の金を払ってないのは、もう2年も会ってないからだ!)ネットでテーピングを学習してやってみたが、大男の割には色白柔肌の私はすぐカブレて、ひどい蚯蚓(みみず)腫れになってしまった。ステテコをはいて、その上に氷嚢、それを布製のガムテープで巻きつける作戦に変えた.

・ネットで調べた『杖・ステッキ販売センター』から、今も「悪魔の松葉杖」として愛用している、身長2mまでカバーの片脇松葉杖=『ミレニアル・プロ』が手元に届くまで、木・金・土・日と部屋に篭った。出前屋さんには世話になった。

・真っ赤な片脇松葉杖=『ミレニアル・プロ』が届いて、先ずその快適性に驚いた。身長187cm・体重100キロの私をドッシリと支えてくれる。グリップが何故「右用・左用」が有るのかも分かった。ドカッと突かれた杖からの衝撃がグリップに伝わらないよう、瞬間5ミリほど掌が滑るのだ。だから通常の松葉杖のように、掌の指の股が痛むこともない。

・月曜から出社したが、強い杖のクッションで、階段登りも降りも、なんとか支障なく可能だった。整形外科にも熱心に通ったが、12月になって、「突き指したクソガキと並んで電気を当てているだけ」の治療方法に疑問が湧き、2011年1月から、最寄の阪急駅前の整形外科に変わった。ここは「この世の地獄か?」と思うほど痛いヒアルロン酸注射を右膝に射つ。しかし「治療して貰っている」という実感が湧いた。

・2月、出社の途中で左膝が壊れた感じがして、携帯で休暇届けをし、又TAXIで整形外科へ行った。よく道の解らない運転手で、結構ボラレたのでアッタマ来た。結局、「この世の地獄か?」と思うほど痛いヒアルロン酸注射は、左右の膝に射つこととなった。片脇松葉杖=『ミレニアル・プロ』も今度は右脇とし、グリップだけ購入して換えればいいのだが、右用の杖をもう1本購入した。今度はグレーにした。

・毎週の地獄は堪忍!なので、整形外科通いは2週間か3週間に1度のペースとした。痛み止めは、①ロキソニン、②ボルタレンと来たが、2011年秋からの③トラムセットが一番私には合っているようだ。

・そんなこんなであれから丸2年、私は「片脇松葉杖オトコ」になってしまった。部屋の中、会社の中は松葉杖ナシで歩いているが、徒歩の遠出に片脇松葉杖=『ミレニアル・プロ』は私の必須アイテムとなった。

・45,6年ぶりに自転車を買ったのも、両膝を庇うためである。お蔭で最寄の阪急駅前の整形外科あたりまでは、自転車で行ける。どこまで行っても平坦な大阪は、その点「自転車天国」なのでもある。何でもプラス思考の私は、次のように思っている。①酔っ払って転倒して死なないのは、「片脇松葉杖オトコ」になったお蔭だ。②自転車が復活出来たのは、両膝を悪くしたお蔭だ。

・両膝を悪くした遠因は、①体重0.1tが変わらぬ、酒のせい。②亡きシベリアンハスキー30kgの、11年5ヶ月に亘る機関車のような散歩のせい・・・なのだろうが、「酒の悪口は死んでも言えない」「この両膝に宿っているあの子の想い出は決して悪く言えない」ので、「ったく、剣道部の非科学的な『うさぎ跳び』のヤリスギが遠因なんだろうなぁ」と言いふらしている。(【織伊友作のがん患者への応援歌】【織伊友作の時事巷談】同時掲載)

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