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無法松の一生

2012年07月19日
(無法松の一生)

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・女演歌歌手は、『無法松の一生~度胸千両入り~』を唄わないといけないらしい。自分のヒット曲が少ないのか?この歌は大見得が切られるからか?今更ながら作曲・古賀政男センセの実力が分かる。しかし唄っている本人は知らないが、爺さん婆さんの演歌ファンには、映画やテレビの映像が過(よ)ぎっているのではないか?

・片想いと一言で言うが、無法松=富島松五郎が吉岡大尉未亡人に寄せる片想いほど切ないものは無いだろう。今と違って、無学な家無し(木賃宿暮らし)の車夫と陸軍大尉未亡人なのだ。遺児は幼い頃は懐いてくれたものの、長ずるに従って世間の常識どおり松五郎を避けるようになって行く。

・原作は岩下俊作という売れない作家の奇跡的な作品で、その原作の面白さに何作も作られているようだが、伊丹万作脚本、稲垣浩監督、宮川一夫撮影の1943年版(阪東妻三郎主演)と、同じスタッフでそのリメーク版として作られた(カラー、シネスコで)1958年版(三船敏郎主演)が有名だ。

・私が三船版を観たのは、高2になったばかりだった記憶だが、それはwikiで確認出来た。とにかく大泣きして、立てなかった憶えが有る。「淋しい」と、たった一度だけ吉岡未亡人の手に触れた己が汚らしく許せなくて、松五郎は止めていた酒浸りの生活に戻り、ついに雪の中で野垂れ死にしてしまう。

・笠智衆扮する老侠客が、松五郎が死んだ木賃宿の3畳の枕元に坐り、遺品となった行李の中から見つけた吉岡未亡人と遺児(ボンボン)名義の500円も貯めた貯金通帳を未亡人(高峰秀子=綺麗だった!)に示して、「松五郎はなんと言う男でしゅう」と目をしばたかせる。松五郎の蒲団に泣き崩れる吉岡未亡人。松五郎は、吉岡家からの祝儀にも手を付けず、乏しいその日暮らしの中で、「想う人と幼い頃に父親気分を感じさせてくれたボンボン」のために貯金をしていたのだ。「松五郎は、死んで初めて吉岡夫人に抱かれた」という、原作の括りである。

・この1958年リメーク版は、ベネツィア国際映画祭グランプリを受賞したほどの名作・大作であった。主役の三船敏郎も、勿論入神の演技だったと思う。しかし還暦も過ぎた或る日、私はテレビで1943年の阪妻版を偶然観ることとなった。

・無法松は阪東妻三郎で、吉岡大尉夫人が園井恵子(この人も人間離れして綺麗だった!)、ボンボンの幼少期は長門裕之だった。阪妻は矢張り稀代の名優だったのか?ホントに無学文盲で、男気だけで生きている純な富島松五郎が、画面からはみ出しそうな存在感だった!伝説のカメラマン=宮川一夫の「時の流れを表す車輪の幻想的な重ね撮り」も、既に15年前のモノクロ画面で使われていた!

・村田英雄が死んで、もう10年である。女演歌歌手が競って『無法松の一生~度胸千両入り~』を唄うのはいいが、阪妻版か三船版か、一度DVD(売っているのか?は知らんが)で観た方がいいと思うよ。或いは観てしまったら、歌の途中で思い入れが強くなり過ぎて絶句し、唄えなくなるやも知れないが。(写真は阪妻版・無法松の一生から)

・この記事は、【織伊友作の時事巷談】【織伊友作のがん患者への応援歌】同時掲載。

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