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ロマンチック推論・御柱祭

2010年4月11日

・いやぁ7年に一度だが、ホントにこの映像は笑い転げさせてくれる。諏訪大社の御柱祭(長野県下諏訪町)の最大の見所:『木落とし』である。最大斜度35度・高低差32メートル・長さ100メートルの急斜面にビッシリ熊笹が植えられ、長さ18メートルものモミの巨木が落とされる。蟻ん子のように小さな男達が巨木に跨り、又はそれをフォローして急坂を転げ落ちる姿が何とも可愛らしく、その無邪気さと必死さに笑い転げてしまうのである。

・巨木の先頭に『華乗り』として跨り、最後まで振り落とされずに乗りおおせた男は、英雄として称えられるのだという。当然毎回のように怪我人が出るし、時には死者まで出る行事だから、私のような小心者は「つくづく諏訪に生まれなくて良かった!」と安堵しながら、テレビでの文字通り『高みの見物』である。

・しかし7年に一度笑い転げながら、私はこの映像に、遠い遠いヤマト王権樹立の際の悲劇を重ねて見ている。天孫降臨した(渡来した)ヤマト王権は、九州から関東辺りまでの神々(首長)を平定し、ついに古代日本のキングオブキングスである葦原中国(出雲)のオオクニヌシと戦うことになる。オオクニヌシと皇子のコトシロヌシは屈服し、いわゆる『国譲り』を承諾するが、もう一人の皇子・カケミナカタは徹底抗戦し、山岳戦を展開しつつ、ついに諏訪の地で降伏したという。

・「諏訪の地」に封印されたカケミナカタとその一族は、今より湖面が5メートルも高かったといわれる諏訪湖を出雲の海に見立て、龍頭船を浮かべて帰れない出雲を偲んだに違いない。(化石化された龍頭船の一部や食器など、全て今の湖面より5メートル高地で発掘されている)そして御柱だ。

・オオクニヌシはヤマト王権に、巨大な神殿を作っても良いことを『国譲り』の条件としたと言われるが、それは発掘調査により今の出雲大社とは似ても似つかない、ギリシャのパルテノン神殿を彷彿とさせる巨大な繋ぎ柱を林立させたものだったという。

・で、私のロマンチック推論である。皇子・カケミナカタとその一族は、遠く出雲神殿を偲んで諏訪の地にも御柱を立てる風習を残したのではあるまいか?国を追われ流民となった人々の熱く切ない望郷の思いを感じ、笑い転げたあとには必ず涙する私である。

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